アーサナというとポーズの完成形に焦点が当たります。
これは登山でいうと登頂を果たすということでしょう。
ではそれが目的なのでしょうか?
登頂できなかったら登山は意味がないのでしょうか?
ポーズの完成形に到達できないと目的を達せられないのでしょうか?
登山は登っている最中の心地よさ、景色、休憩時間の食事の美味しさ、仲間と登っている楽しさ全てが良さであり目的ですよね。
登頂できない登山は意味がないとなると、ヘリコプターで登頂したら目的通りなのでしょうか?
ケーブルカーで登った登頂は登山なのでしょうか?
アーサナを人の手を借りて、道具を使って完成形になることは何のためなのでしょうか?
アーサナの目的を履き違えている方が多くいます。
アーサナの指導を完成形をとることとして指導しているインストラクターが多すぎます。
アーサナは、過程が大事なのです。
自分の体と向き合っているその時間そのものが貴重で重要なのです。
完成形は自ずと近寄ってくるもので、無理して目的としてあるものではありません。
方向性は重要です。
山の頂という方向性は。
でも登頂したら下山が待ってます。
でもその下山含めていい思い出であり、下山の楽しみ方があるのです。
登頂できなくても、山にいるだけで十分気持ちいいものです。
完成形でなくてもアーサナに入っている時はとても心地よく、快適で素晴らしい時間なのです。
アーサナアナトミカルアプローチではそんなアーサナの取り方、向き合い方を実践を通して感じて欲しいのです。
アーサナの実践者は、何のためのアーサナなのか、意味を今一度振り返る時間が必要かもしれません。